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ほぼ10年振りに

レンタルビデオの会員になりました。昨日は「いまを生きる」を借りました。 今回のとんかつダイアリーは初の続き物。まずは前編です。(BROKENSPACE 寺田友)

「とんかつダイアリー第三回前編」
 
何でもない日常は優しすぎるように退屈に過ぎていく。柱時計の秒針のように、昼下がりの公園に降り注ぐ木もれ陽のように、あるいはその下を歩く老夫婦の散歩のように。刺激はないが平和だ。望むべきものだ。僕は平穏無事な退屈な日常を愛する。3日前までの自分はそうではなかった。3日前、僕の退屈な日常が少し歪んだ。そして疲れ果てた。3日前。しかし非日常は劇的に訪れたわけではなかった。その日の朝は相変わらずの二日酔いだったし、仕事はうまくいかなかったし、電車は座れなかった。家に着いてビビンバ冷麺をたべ、ビールを飲みテレビをつけ、横になってオリンピック中継を見る。全く退屈だ。相変わらずの日常だ。ブラウン管の向こう側でなでしこジャパンが惜敗した頃、2本目の缶ビールに手を伸ばした頃、非日常はさりげなくしのびこんだ。

右手が痒いなあ。と思ったから右手を見た。手首から肘の辺りまでにかけて3?4箇所、赤く発疹ができている。左手も痒いなあ。と思ったから左手も見た。右手と同じような発疹ができている。うわあ、参ったなあ。ダニだな多分。痒いなあ。右足の内もも。左足。オナカ。発疹はあっという間に広がった。うわあ。参ったなあ。
そうして僕は家にいる事を諦めた。このままでは全身やられる。明日は仕事で5時に起きなければいけないが、僕は寝る事も諦めた。熱帯夜の中、長袖シャツを着て外に飛び出した。

深夜3時。僕は近所のファミリーレストランで痒みと戦いながらドリンクバーのアイスコーヒーを飲んでいた。少し離れたテーブルの若者2人組のバカな会話が苛立ちを増長させる。
オレ最高記録は一日8回よ、彼女はもう勘弁って言ってたけどさ。
うわ、負けたなソリャ、まじサルじゃんか。
おう、モンキッキって呼んでくれよ。

僕は焦っていた。何とか少しでも目立たなくなってくれんものか。僕のバイト先は僕以外は全員女性なのだ。ダニにやられて発疹だらけなんて嫌われる事必至じゃないか。せめて七分袖のユニフォームからのぞく手だけでも発疹よヒイテクレ!!しかし望みは叶うことなく、ねむい目をこすって僕はバイトに行かねばならない時間になった。こすった目まで痒かった。

午後2時。事態はいよいよ最悪となった。トイレの鏡に映った僕の顔は赤く醜く腫れあがっていた。バイトの同僚が何も言わないのは気付いていないのではなく哀れみからだ。とはっきり認識した。情けなかったし悔しかった。
「テラダ君。今日ヒマだから早くあがってもいいよ。」店長がこっちを見ないで言った。「ホントですか。じゃあお言葉に甘えてオリンピック見よっかなあ。」情けなかった。

午後7時。僕は薬局にいた。「すみません。虫刺されの薬で一番強力なヤツどれですか?」と僕が聞くと初老の薬剤師は眼鏡をかけ直すしぐさでこっちを向いた。
「ダニにやられちゃって。」と僕が言うと薬剤師は「ダニじゃないよ、これ。」と断定口調で言った。「ウチで出せる薬はないな、そこまで酷いと。この時間じゃ普通の病院は閉まってるから救急病院にいきなさい。」
ナンテコッタ。ジュウショウナノカ。
家に着くまでに事態はますます悪化した。体全体が熱をおび、肩で息をするような状態だった。救急病院、行かなければ、死ぬかも、救急病院。


僕は携帯電話を取りだし発疹だらけの手で119とダイヤルした。    


後編へつづく

2004.02.15
とんかつダイアリー第一回
2004.06.04
とんかつダイアリー第二回
2004.08.27
とんかつダイアリー第三回(前編)
2004.09.02
とんかつダイアリー第三回 (後編)
2005.02.21
とんかつダイアリー第四回(前編)
2005.03.03
とんかつダイアリー第四回(後編)
2005.11.11
とんかつダイアリー第五回
2006.03.22
とんかつダイアリー第六回
2006.03.22
とんかつダイアリー第七回
2006.07.12
とんかつダイアリー第八回
2007.01.16
とんかつダイアリー第九回
2007.06.09
とんかつダイアリー第十回